プログラミングの専門教育を受けたことがない人間が、Claude Codeというツールに出会って何が変わったか。この文章はその記録だ。
技術的なチュートリアルではないし、設定方法の解説でもない。もっと手前にある話、つまり「作れない人間」が「作れる人間」に変わるとき、頭の中で何が起きるのかという話を書きたい。
断っておくと、僕はいまだにコードを「書ける」とは思っていない。読めるようにはなった。直せるようにもなった。でもゼロからアルゴリズムを設計する能力はない。それでも、自分が設計して、自分が指示を出して、実際に動いているツールがいくつかある。この矛盾みたいな状態が、Claude Codeによって生まれた。
ターミナルの前で指が止まった
ターミナルを初めて開いたとき、感じたのは「かっこいい」ではなく「怖い」だった。
黒い背景に白い文字。カーソルの点滅。何を打てばいいのかわからない。それまでのAI体験は全部ブラウザの中で完結していた。ChatGPTに質問を打って、返ってきたテキストをコピーして貼る。その繰り返し。
Claude Codeは違った。自分のPCのファイルシステムに直接触れる。ファイルを読み、書き換え、コマンドを実行する。頭では理解していたが、実際にターミナルの前に座ると指が止まった。
最初の1週間は、ほとんどチャットAIと同じ使い方をしていた。質問を投げて答えを読むだけ。ファイル操作はさせない。Claude Codeの意味がない使い方だった。
変わったのは、練習用のフォルダを作って「この中は何をしてもいい」とClaude Codeに伝えた瞬間だった。「簡単なHTMLファイルを作って」と頼んだら、ファイルが生成されて、ブラウザにHello Worldが表示された。自分はコードを一行も書いていないのに、動くものが目の前にある。たったそれだけのことが、信じられないくらい衝撃的だった。
SWELLからの脱却
Hello Worldの興奮が落ち着くと、欲が出てきた。
当時、WordPressのSWELLで作ったポートフォリオサイトを持っていた。テーマの制約の中でしかデザインを変えられないことに、ずっと不満があった。CSSの上書きを重ねるとサイトがツギハギになる。自分のサイトなのに自分でコントロールできない感覚。でも完全オリジナルのサイトを作る技術はなく、外注すれば数十万円。我慢するしかなかった。
Claude Codeに作らせてみよう、と思ったのはそんな時期だった。
最初の出力はひどかった。テンプレートみたいなレイアウト。色もフォントも微妙。AI臭が全開。
でもそこで気づいた。問題はClaude Codeではなく、僕の指示が曖昧すぎること。「かっこいいサイト」は指示ではない。「背景は#f5f2ed、アクセントは#b8963e、テキストは#1a1714、見出しはCormorant Garamond、本文はZen Kaku Gothic New、余白は広め」が指示だ。
デザインの意思決定は全部、人間がやる必要がある。逆に、意思決定さえすれば実装はClaude Codeがやってくれる。
この体験で、プログラミングという行為の定義が変わった。コードを書くことではなく、何をどう作るかを決めること。コードはその決定を実現する手段にすぎない。その手段をAIが代行できる時代になった。
サイト移行は簡単ではなかった。指示、確認、フィードバック、修正。何十回、何百回と繰り返した。途中で何度もSWELLに戻ろうと思った。
でもその過程で、自分がHTML、CSS、JSを読めるようになっていた。書けはしない。でも読める。だから具体的に指示が出せる。コードを学ぶ最良の方法は教科書ではなく、作りたいものを作る過程でコードに触れることだった。
最終的にポートフォリオサイトはCloudflare Pages上で完全オリジナルとして動き始めた。
CLAUDE.mdという発明
もう1つ、Claude Codeを使う中で発見した重要な仕組みがある。CLAUDE.mdだ。
Claude Codeは賢いが記憶力がない。セッションが変わるたびにプロジェクトの文脈を一から説明する必要がある。配色、フォント、技術スタック。毎回同じことを伝えるのは時間の無駄だった。
CLAUDE.mdは、プロジェクトのルートに置くMarkdownファイルで、Claude Codeがセッション開始時に自動で読み込む。最初は軽い気持ちで「このプロジェクトの技術スタックはこれです」程度のことを書いた。
使い込むうちに可能性が見えてきた。これは単なるメモではない。自分の判断基準をコード化する場所だ。
たとえば、デプロイ時にブランチ指定を忘れてCloudflare Pagesで開発ブランチが本番に上がったことがある。その瞬間、CLAUDE.mdに「デプロイ時は必ず--branch=mainを指定すること」と書き加えた。以降、同じミスは起きていない。
間違いが起きたらCLAUDE.mdに書く。人間の部下を育てるのと同じだ。ただし、Claude Codeは書いたことを100%守る。「忘れました」がない。
CLAUDE.mdを充実させるほど、作業効率は劇的に上がった。背景説明もコーディング規約の説明も不要。一言伝えれば文脈を理解した上で修正してくれる。
今ではプロジェクトごとにCLAUDE.mdを管理している。新しい案件が始まったら、コードより先にCLAUDE.mdを書く。何を作りたいのか、なぜ作りたいのか、どう作りたいのかを言語化する。この作業がそのままプロジェクトの設計になる。
「作ってあげようか」が自然に出た
Claude Codeに慣れてくると、不思議なことが起きた。友人との雑談の中で「作ってあげようか」という言葉が自然に出るようになった。
建設業の友人と飲んでいたとき、出面シートの管理が大変だという話になった。以前なら「大変だね」で終わっていた。でもその日は「VBAで自動化できるよ、作ろうか」と言っていた。
翌日、Claude Codeで月次シート12枚のVBAマクロ付きExcelを組み上げた。VBAの知識はほとんどなかったが、Claude Codeがコードを書き、僕がExcel上で動作確認してフィードバックする。サイト移行と同じ流れだった。
お金はもらっていない。軽い気持ちで作っただけだ。でもこの体験は大きかった。「作れる」ということは、人の役に立てるということ。チャットAIを使っていた頃、AIの恩恵は「自分の作業が楽になる」範囲に閉じていた。Claude Codeで「作れる」ようになったことで、AIの恩恵が自分の外側、つまり他者に届くようになった。
失敗から学んだこと
もちろん失敗も多い。
一気に作らせすぎて、ファイルが大量に生成されどれが何の役割かわからなくなった。機能ごとに段階的に実装することを学んだ。確認せずにデプロイして本番でバグを出した。変更前に計画を確認するルールをCLAUDE.mdに追加した。AIに何を作るかを聞いて、ネットの焼き直ししか出てこないことに気づいた。
失敗の方が多いかもしれない。でも、失敗するたびにCLAUDE.mdが充実し、次の作業が楽になった。
変わったのは目線だった
半年を振り返って最も変わったのは、技術的なスキルではない。目線が変わった。
日常の中で「これ自動化できるな」「ツール作れば解決するな」と思う瞬間が増えた。以前は非効率な作業に出会っても「こういうものだ」で終わっていた。今は「変えられるんじゃないか」と発想が生まれる。
この目線の変化は、プログラミングを学んだ結果ではない。「作れる側」に移動した結果だ。そして作れる側に移動するのに、プログラミングの体系的な学習は必要なかった。
複雑なアルゴリズムや大規模システムは無理だ。でも中小企業の現場にある手作業のボトルネックを解消する程度なら十分に作れる。そしてその「程度」のツールこそが、目の前の人たちが最も必要としているものだったりする。
大企業向けの巨大SaaSを作る必要はない。目の前の人が「だるい」と言っている作業を1つ自動化する。それだけで誰かの1日が1時間楽になる。
Claude Codeが僕に与えてくれたのは、プログラミング能力ではない。目の前の問題を自分の手で解決できるという感覚だ。
ターミナルを開こう。最初の一行を打とう。そこから何かが変わる。
