毎週木曜の夜、友人の顔は決まって疲れていた。

席数150の大型居酒屋で店長を務める彼とは、学生時代からの付き合いだ。たまに飲みに行くと、営業終了後にノートPCを開いてExcelとにらめっこしている姿をよく見かけた。「何やってんの?」と聞くと、返ってきたのは深いため息だった。

「シフト、組んでる。これが毎週地獄なんよ。」

20人のバイト生、20通りの「希望」

彼の店では約20人のバイト生が働いている。シフトの希望はLINEグループで集めていた。毎週月曜に「今週の希望出してー」とメッセージを投げると、バラバラのタイミングで返信が届く。「火曜の夜と土曜終日で」「水木金いけます!」「来週テスト期間なので月曜だけ…」。

この20人分のメッセージを、彼はスマホを何度もスクロールしながらExcelに手入力していた。毎週2〜3時間、ひどいときは4時間近くかかることもあったという。

しかも厄介なのが「言った言わない」問題だ。バイト生から「希望出したのにシフト入ってないんですけど」と言われ、LINEを遡って確認すると、確かに送ってある。単純な転記ミスだった。でもその一件で、信頼関係にヒビが入る。店長にとっては週に一度の憂鬱な儀式だった。

「LINEで送ってるなら、LINEで完結させればよくない?」

ある夜、彼の愚痴を聞きながら僕はふと思った。バイト生は全員LINEを使っている。希望もLINEで送っている。だったら、集計までLINEの中で自動化すればいいんじゃないか。

新しいアプリをインストールしてもらう方法も考えた。でも、大学生のバイトに「このアプリ入れて」と言ったところで、半分は入れてくれないだろう。使い慣れないUIに戸惑って結局LINEで連絡してくる未来が見えた。

だから、入口はあくまでLINE。裏側の仕組みはLINE LIFF(LINE Front-end Framework)Google Apps Script、そしてスプレッドシートの組み合わせで構成することにした。バイト生が触るのはLINEの画面だけ。新しいアプリのインストールは不要。友だち追加するだけで使い始められる。

作ったもの

バイト生側の操作はシンプルにした。LINE公式アカウントを開くと、リッチメニューから「シフト希望を出す」ボタンをタップ。するとLIFF画面が開いて、カレンダー上で日付を選び、希望の時間帯をタップするだけ。テキストを打つ必要は一切ない。

送信されたデータはGoogle Apps Scriptを経由して、スプレッドシートに自動記録される。店長側は、整理されたシフト表を眺めながら微調整するだけ。20人分のLINEメッセージを読み返す必要はもうない。

導入してみて

友人の店にパイロット版として無料で入れてみた。最初は常連の3人のバイト生だけでテスト。「え、これだけ?」という反応が返ってきた。LINE友だち追加して、ボタン押して、日付選ぶだけ。説明に30秒もかからなかった。

1週間後、全員に展開した。20人中19人がその週のうちに希望を提出した。残り1人も、翌日に先輩から「LINEで送れるよ」と教えてもらって完了。導入に関するトラブルはゼロだった。

数字で見る変化

導入から1ヶ月が経って、効果は明確だった。

でも、僕にとって一番嬉しかったのは数字じゃない。次に飲みに行ったとき、彼が木曜の夜なのにExcelを開いていなかったことだ。「最近どう?」と聞いたら、「シフト?もう終わったよ。今日の仕込みで試した新メニューの話していい?」と笑っていた。

店長が、店長の仕事に集中できるようになった。シフト管理に奪われていた時間が、メニュー開発や接客の質の向上に使われている。テクノロジーの導入効果として、これ以上のことはないと思う。

思ったこと

振り返ると、このツールには何も大げさな技術は使っていない。LINEもGoogle Apps Scriptも無料で使える。特別なサーバーもAIも要らなかった。現場の「面倒くさい」を観察して、既にあるツールを少し賢くつないだだけだ。

テクノロジーは、使う人が意識しないくらい自然なのがちょうどいい。バイト生は「LINEでシフト出してる」としか思っていない。裏側にスクリプトが走っていることなんて知らないし、知る必要もない。その「知らなくていい」状態こそが、僕の目指すゴールだと思っている。

大きなシステムじゃなくても、現場の「困った」は解決できる。必要なのは、聞くことと、つなぐことだけだ。

BELLA TECHでは、こういう「現場に寄り添った小さな自動化」をこれからもやっていきたい。巨大なシステム開発じゃなく、今あるツールの組み合わせで、目の前の人の時間を取り戻す仕事。地味かもしれないけれど、確かに誰かの木曜日を変えられる仕事だ。